本当にあった話

まだ途中(27)

今回のお話は、前回の予告にも書きました、フィリピンでの体験談です。

私も海外ではいろいろな経験をしてきましたが、今回お話しすることは、普通ではなかなか経験できないことだと思います。

できれば、二度目の経験は無いことを祈るばかりです(笑)。

私がフィリピンで仕事を始めた頃の話です。

その頃の私は、フィリピンについての知識も、普通の旅行客とそれほど変わりませんでした。

日本で知り合ったフィリピン人の友人を頼りに、仕事に出かけていたのです。

当時のマニラ国際空港は、友人はもちろん、一般の旅行者も空港内に自由に入ることはできず、空港は鉄格子に囲まれていました。

また、治安も良くなかったので、私は運転手付きのレンタカーを利用していました。

空港まで出迎えに来てくれた友人とは、空港の外の駐車場で合流します。

もちろん、ホテルもマニラのエルミタ周辺にある5つ星ホテルを利用していました。

前置きが長くなりました。

そんな状況ですから、仕事の話もホテル内で済ませることが多かったのです。

当時、取引先から、

「どうしてビジネス街のマカティのホテルを利用しないのですか?」

と、よく言われていました。

そこで、ある時、当時の日航ホテルに宿泊することにしました。

これが、大変なことになったのです。

その頃のフィリピンは、マルコス政権からアキノ政権へと変わったばかりでした。

皆さんも記憶にあると思いますが、アキノ大統領は、ご主人のベニグノ・アキノ氏が暗殺された後、その流れの中で大統領になった方です。

そんなフィリピンの政治的な背景など、当時の私には考える余裕もありません。

単純に、

「今回はマカティのホテルに泊まってみよう」

という程度の気持ちでした。

確か、年末の日本が忙しい時期の出張だったと思います。

マカティでは3日間の予定でした。

ところが、日本から緊急の要件が入り、予定を変更して1泊だけで帰国することになりました。

フィリピンでの仕事も中途半端なまま帰国することになったので、その時の私は、少しむくれていたと思います(笑)。

ところが――。

翌日、フィリピンでクーデターが発生しました。

そしてテレビでは、

「マカティのホテルの宿泊者が拉致されている」

というニュースが大々的に流れていました。

「えっ!」

私は、たまげました!!

昨日まで自分が泊まっていたホテルです。

フィリピンでの仕事を途中で切り上げて帰国することになった時には、

「なんでこんなことになったんだ……」

と、少し不満に思っていた私です。

それが翌日になってみれば、

「帰ってきて、本当に良かった!」

となったのです。

拉致された方々には申し訳ない話ですが、周りの人たちからも、

「本当にラッキーだったね」

と言われました。

人生というものは、その時には分からないものですね。

その時は「ついていない」と思ったことが、後になってみると、

「いや、あれは本当にラッキーだった」

となることがあります。

このことは、今でも私の心に残っています。

私は、こういう「ラッキー」に、なぜかよく遭遇します。

これはもう、幸運の神様に感謝するしかありませんね(笑)。

フィリピンでのラッキーは、まだ続きますよ。

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